(1928年フィンランド、ヘルシンキ生まれ、ヘルシンキ在住)
ロスト・ランドスケープス (2005年作曲)
(Lost Landscapes)
第1楽章: Tanglewood
第2楽章: Ascona
第3楽章: Rainergasse 11 Vienna
第4楽章: West 23rd Street NY
「記憶は、我々が持ち歩くことの出来る日記である」オスカー・ワイルド『真面目が肝心』より
ヴァイオリニスト五嶋みどりの委嘱で、エイノユハニ・ラウタヴァーラは『ロスト・ランドスケープス』を2005年に作曲しました。2006年11月に行われたドイツのミュンヘンにあるヘラクレス・ホールでの五嶋みどりのリサイタルで、ロバート・マクドナルドのピアノで初演されました。
ラウタヴァーラは、交響曲から合唱曲、器楽曲にいたるまで、スタイルで言えば、半宗教的なものから神秘主義的なものや新ロマン派のものまで多種多様な作品を生み出しています。多才で多面な様相を持つ作曲家としての名声は確立しており、シベリウス以降、最も成功したフィンランド出身の作曲家と言えます。ラウタヴァーラの最近の作品では、2003年に初演されたオペラ『ラスプーチン』、2005年に初演された2つのオーケストラ曲『Book of Visions』と『Manhattan Trilogy』があります。
ラウタヴァーラのヴァイオリンのために書かれた曲としては、ソロ・ヴァイオリンのための『Variétude』、ヴァイオリンとチェロのための『Varian Dialogue』、ヴァイオリン協奏曲、ヴァイオリンとピアノのための『Notturo e Danza』と『Dithyrambos』の5曲があります。『ロスト・ランドスケープス』もヴァイオリンとピアノのための作品ですが、前述の『Notturo e Danza』や『Dithyrambos』のような小品ではない、初めての本格的な作品で、ラウタヴァーラの多くの作品と同様に、音楽言語は極めて個人的なものです。
『ロスト・ランドスケープス』は4つの楽章があり、作曲者自身が“過ぎ去りし想い出の日々”に滞在した場所の名前がつけられています。
ラウタヴァーラは、「この4つのランドスケープは、私が修業中の“さすらいの時代”に過ごした重要な場所です。1955年と1956年の夏は、私の師であるロジャー・セッションズやアーロン・コープランドが滞在していたアメリカのタングルウッド音楽センターで過ごしました。次の年はスイスのアスコナに行き、ウラディミール・フォーゲルに師事し、12音技法を学びました。ライナーガッセ11番地は、ウィーンにある昔の趣が偲ばれるバロック様式のシェーンブルク宮殿の大変ロマンティックな住所です。ウェスト23丁目はニューヨーク市の私の住んでいたところです。これらすべての“ランドスケープ”には、視覚的にも聴覚的にも思い出と特別な雰囲気があり、私にとっては音楽的なテーマなのです。」と語っています。
ラウタヴァーラが抱いている4つの場所に対する愛情は、この曲の中に顕著に表れています。作品全体を通して、想い出がセピア色のフラッシュバックのようによみがえり、作品の性質を特徴付けています。途切れなく流れるノスタルジックな想い出の中に、様々な感情や体験、驚きやチャレンジといったものが絡み合っているようです。音楽の勢いが止まることはありませんが、深呼吸して、瞑想にふけることができる余裕が常にこの曲にはあります。一番スピードが速い楽章は、絶え間ない動きがある最終楽章で、おそらく、作曲者は偉大なメルティング・ポットと呼ばれた1950年代半ばのニューヨーク市の喧騒を憶えていたのでしょう。ラウタヴァーラは、“全ての想い出は記憶の中で甘いものへと変わる”というコンセプトを貫いています。
このように、『ロスト・ランドスケープス』は、ひたむきに苦節の時を過ごした日々を慈しむ気持ちが表現されています。独自の構造を呈しながら大胆に、全ての聴衆の心の琴線を打つ作品です。
2006年9月五嶋みどり
(編・訳:花田由美子)

